良い子や悪い子の、
大人や子どもやお年寄りのみなさんへ
『ヘンゼルとグレーテル』の公演によせて
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。金太郎は熊にまたがりお馬の稽古をし、かぐや姫は竹の中でおじいさんがやって来るのを待っていました。浦島太郎は亀の背中にのって龍宮城へ向かい、鬼ヶ島の鬼たちは桃太郎の襲撃にそなえていました。このように世の中にはたくさんの昔々あるところがあり、たくさんのお話があります。
『ヘンゼルとグレーテル』のお話もそのひとつです。さらに面倒くさいことに『ヘンゼルとグレーテル』のお話にもたくさんの種類があります。あちらこちらの昔々あるところに、いろいろなヘンゼルとグレーテルがいて、少しずつ違った人生を歩んでいました。早くにお母さんを亡くして継母に育てられている、いつものヘンゼルとグレーテルのほかにも、本当のお母さんに捨てられてしまう二人や、貧しいながらも親子四人が仲良く暮らしている場合もあります。ですから今日みなさんに見ていただくオペラの『ヘンゼルとグレーテル』にも、絵本や童話のお話とは少し違うところがあります。少しだけお話しておきましょう。二人は口べらしの為に森の中に捨てられるのではなく、お手伝いをサボって遊んでいた罰で森にイチゴを採りに行かされるのです。森へ行ったヘンゼルとグレーテルは、せっかく集めたイチゴを遊びながら全部食べてしまいます。そして気付くとあたりはすっかり暗くなっていて、道に迷い、おうちへ帰れなくなってしまうのです。はっきり言ってチョッとお間抜けです。でも良いこともします。お菓子の家には、ヘンゼルとグレーテルがやって来るよりも前に、魔女につかまってお菓子にされた子供がたくさんいました。この子供たちは、ヘンゼルとグレーテルが魔女をやっつけてくれたおかげで魔法がとけて元の姿に戻ることが出来ます。偶然ですが、すごい人助けです。
でも、そんなことよりもっとすごいことが今日のオペラでは起こります。今日はみんなのお友達にオペラに参加してもらいます。望人(もんど)くんです。望人くんは普通の小学二年生です。小さいけれど、それなりに悩みもあります。みんなと同じです。『ヘンゼルとグレーテル』のお話の中に迷い込んでしまった望人くんは、とても不安なはずです。でもへこたれません。人は困難にぶつかった時にこそ力を発揮できるのです。問題にぶつかってそれを乗り越えることは、とても素敵なことです。ワクワクします。ドキドキします。生きる力が湧いてきます。別に、昔見たスポコンドラマの影響からいまだに抜けきれないでいる訳ではありません。竹刀を持って砂浜を走り、夕日に向かって「バカヤロー!」と叫ぶ趣味はありません。大きすぎる困難にぶつかるのは僕も苦手です。根性ですべてが解決するとも思いません。でも思い出してください。人はワクワクしたりドキドキしたりできる生き物だということを。天国にいると、人はドキドキしにくいそうです。死んでから生き生きするのは難しいのでしょう。
まあ、それはさておき、今日はみんなヘンゼルやグレーテルや望人くんを応援してあげて下さい。三人と一緒にワクワク・ドキドキしてください。言うことを聞かない悪いやつは、かまどに押し込んで焼き殺してしまえばいいんだというのも、今どきいかがなものかと思いますが、昔々のお話ですから、その点はご勘弁ください。すごくおなかがすいている時に飲む牛乳はとっても甘く感じます。苦労して自分の手で摘んだイチゴの味は格別です。少しだけケンカすると、人はもっと仲良くなれます。ワクワク・ドキドキします。そうしたら、少しつらくても「また明日がんばろう!」という気になれます。ネコバスは君の町のバス停にも来ているかも知れません。明日の朝、山猫さんから「めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。」というハガキが来ているかも知れません。すべてはあなた次第です。一歩踏み出す勇気があれば、ワクワク・ドキドキはあなたのものです。さあ、一緒にワクワク・ドキドキしましょう!