『カルメン』

  2003年1月12日(日)に行われたニューイヤーオペラコンサートのためのナレーション。オーケストラを舞台上に配しながらも、衣裳をつけて、演技を伴うかたちで行われた。コンサートの後半、抜粋で行われた『カルメン』をこのナレーションによってつないで行った。

 MC1…「カルメン」この名前に皆さんは、どのようなイメージをお持ちでしょうか?恋多き女、奔放な女、男を狂わす魔性の女、そして死。そう、カルメンを語るとき、そこには常に死がつきまといます。刺すような光と漆黒の闇。スペインの光と陰の間に現れては消えるカルメンの姿は、まとわりつく血の匂いを断ち切ることが出来ません。死が彼女を引き寄せたというのでしょうか?それとも彼女が、死を捜し求めていたのでしょうか?
 M1…前奏曲
 MC2…スペイン、セヴィリアのとある広場。衛兵たちの交代に合わせて子供たちが歌います。「兵隊さんと一緒に僕らも来たぞ!」いつもと変わらない、穏やかな、町の風景です。
 M2…No.3「兵隊さんたちと一緒に」
 MC3…広場に面したタバコ工場の昼休み。食事を終えた女工たちが、タバコをくゆらせながら現れます。待ち受ける男たち。しかし男たちの一番のお目当て、カルメンはなかなか姿を現しません。やっと姿を現したカルメンは、しかし言い寄る男たちに、こう言い放つのです。「恋は言うことを聞かない小鳥のようなもの、飼いならすことなんか誰にも出来はしない。でも、もしあたしに好かれたらあぶないよ!」と。世の中とうまく折り合いをつけて普通の人でいることの出来ない彼女にとって、「私は小鳥のように自由に生きるの!」と宣言すること、「そう生きればいいんだ!」と気付くことが、生きていくためにどうしても必要なことだったのです。
 M3…No.4「鐘が鳴った」
 M4…No.5「ハバネラ」
 MC4…男たちの中で、ただひとり自分に興味を示さなかったホセに、逆にカルメンは興味を示します。意味ありげに花を投げつけてカルメンは去って行きました。ホセが花を拾い上げた丁度その時、ミカエラが現れます。母からの手紙、少しばかりのお小遣い、そして母からの大切なことづけを届けるために。母からの大切なことづけ、それは母の口づけでした。
 M5…No.7「ホセ!ミカエラ!」
 MC5…ミカエラが去ったあと、タバコ工場では女工同士のけんかが始まります。そして、その騒動の首謀者として捕らえられたのは、あのカルメンでした。カルメンの連行を命じられたホセに、カルメンは巧みに言い寄り、逃がしてくれるように頼みます。「二人で一緒にリーリャス・パスティアの店へ行こう」と。カルメンに、そうささやかれて、ホセはまるで熱病に冒されたかのように、カルメンの言いなりになってしまうのでした。
 M6…No.10「セギディリア」
 MC6…カルメンを逃がしたホセは営倉行きを命じられます。彼の中には、もうカルメンしかいません。母も、ミカエラも、すでに遠い存在になってしまいました。あの時カルメンがかぎとった匂いを、ホセもまた感じ始めたのでしょう。カルメンとホセ、二人は同じ匂いを持つ者どうし、求め合う運命(さだめ)の元に生まれた二人だったのです。
 そして一月後、ホセが釈放された日、リーリャス・パスティアの酒場。ジプシー仲間と一緒に客の相手をしているカルメンの前に闘牛士エスカミーリョが現れます。グラナダの闘牛で名を上げた彼は、ささげられた杯の返礼に歌をうたいます。~トーレーアドール構えろ!~『闘牛士の歌』です。
 M7…No.14「闘牛士の歌」
 MC7…エスカミーリョや他の客たちが帰ったあと、カルメンは仲間の誘いを断ってホセを待ちます。ホセと再会したカルメンの喜びようは、まるで少女のようでした。店の主人にありったけの食べ物を持ってこさせ、カリカリとボンボンをかじるカルメンの姿を見て、ホセは言います。「まるで六つの子供のようだ」と。言いようのない孤独感、物心ついて以来ずっと彼女を苦しめつづけた孤独感から、やっとカルメンは解放されたのです。長い苦しみの末にやっと自分の居場所を見つけた喜び、それが彼女をそうさせたのでしょうか?
ホセのために踊るカルメン。しかし、その時、無常にも帰営のラッパが聞こえてきます。軍人であるホセは、兵舎に帰らなくてはなりません。それを聞いたカルメンは怒り狂います。二人の出会いよりも軍隊の規則の方を優先させようとするホセが我慢ならないのです。いまのカルメンにとって、ホセは呼吸する空気のようなもの、それなしでは一時も生きてゆけないと言うようなものだったのかもしれません。「あたしがバカだった!」「あんたの愛なんて信じるもんか!」というカルメンに、ホセは答えます。「お前の投げたこの花を、営倉の中でも俺は離さなかった。甘い匂いをかぎながら、お前を思い浮かべ、ただお前に会うことだけが俺の望みだった!」と。ホセにとっても、もうカルメンは、なくてはならない存在になっていたのでした。
 M8…「花の歌」
 M9…「谷越え、野を越えて」
 MC8…ホセは軍隊を脱走してジプシーの仲間に加わります。束縛のない、自由な世界で燃え上がるはずの二人の仲は、しかし長くは続きませんでした。住む世界が違う。簡単に言ってしまえば、そういうことでしょうか。カルメンは言います。「犬と狼ではうまくやっていけるはずがない」と。しかしホセとの口論のすぐ後、カルメンは二人に定められた最後を知ることになります。仲間のジプシーたちに続いて占いを始めたカルメンに、カードは“死”を告げます。先にカルメン、続いてホセが死ぬ。何度繰り返しても出る同じ結果に、カルメンは自分たちの定めを悟ります。出会ったのは共に生きるためではない。共に死ぬために、二人は出会ったのだと。自分の求め続けて来たものが、死ぬことによってしか得られないのだと、このときカルメンは思ったのかもしれません。
 密輸業者の根城になっている荒涼とした山中に、ミカエラがやって来ます。母の病気を知らせて、ホセを連れ戻すために来たのでした。山中でミカエラは一人祈ります。「神よ守りたまえ!」と。
 M10…「もう、恐れはせぬ」
 MC9…ミカエラから母が危篤だと知らされて、ホセは去って行きます。「また会おう!」という言葉を残して。
 そして、しばらくの後、セヴィリアの闘牛場前の広場。試合を前にして、着飾った闘牛士たちが闘牛場へと入って行きます。歓呼して迎える群衆。その歓声がひときわ高くなると、闘牛士たちの最後を飾ってエスカミーリョが現れます。そして、その横には美しく着飾ったカルメンの姿が…。ホセと別れた後、カルメンはエスカミーリョの恋人になっていたのです。エスカミーリョはカルメンと愛の言葉を交わすと、闘牛場の中へと入って行きます。それに続いて、潮が引くように群衆が闘牛場の中へとのみ込まれた後、そこに残されたのはカルメンとホセ、二人の姿でした。ホセが来ているから気を付けるようにという仲間の忠告を聞きながら、あえて一人、カルメンは広場に残ったのです。運命(さだめ)を成就させるために。
 ホセは訴えます。「どこか遠くのよその土地で、二人でやり直そう」「俺はお前を助けたい。俺も一緒に助かりたいんだ!」と。運命から逃れようとするホセに、カルメンは冷たく答えます。「私には分かっている。もう、その時が来た。あんたが私を殺す時が」と。そして「死ぬ瞬間まで、私は自由であり続けるのだ!」と。闘牛場の中から、血に飢えた観衆の声が響き渡ります。その声に導かれるように闘牛場へ入ろうとするカルメン。その身体に、ホセの持つ短剣が突き刺さります。求め合い、そして共に死ぬ運命(さだめ)の元に生まれた二人。運命(さだめ)の成就したこの時、カルメンの脳裏に、どのような想いがよぎったのか。それを知る者はいません。ただ、あとには、カルメンの亡がらの上に泣き崩れるホセの姿があるだけでした。
 M11…「おまえ!おれだ!」